脳内写生3

脳内写生は選ばれた少数の例外者のための案内表示であり、「飾り窓の天使」と連携したブログです。

2021年01月

「夫のちんぽが入らない」という小説とそれをドラマ化した実写ムービーがあります。

この物語のあらましは、20年間も夫のペニスが妻の膣に挿入できない夫婦の話であり、ベビーオイルを塗ったり、妊活を試みる中で、やがて挿入にこだわらない夫婦関係が生まれます。

これだけなら「セックスレスの新しい夫婦の形」というテーマで終わるのですが、実は妻は別の男とは挿入可能であり、平易に言えば夫のペニスが「迷惑サイズ」なのであり、妻の膣がやや狭い「竹輪のトンネルサイズ」と推測されます。

妻の膣がふさがっている訳ではないので、婦人科の受診は意味がなく、夫が穏やかな膣マッサージをしながらディルドー(ペニスのレプリカ)を用いて徐々に膣を広げていくのが最良の方法でしょう。
女性の膣は驚くほど柔軟性がある組織であり、出産の際には体重が3~4Kgもある胎児が産道を通過できるのです。
その際、産道の一部が切れることは良くあることで、産道がダメージを受けることはありません。

この小説では語られていませんが、膣をゆるめるのも、膣を締めるのも、股関節と骨盤のストレッチなのです。
骨盤底筋が緊張していたら膣そのものが固く緊張してしまいます。

挿入にこだわらない夫婦関係も選択肢の一つではあるのですが、膣奥や子宮口で感じる官能的快楽は女性だけが体験できる喜びであり、膣奥や子宮口の近くで射精したときのダイナミックな感動はパートナー相互の深い絆をもたらします。

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oxoxo90@hotmaol.com

くたばれ正論
【この世の行き過ぎた正しさが、君の美しいカドを丸く削ろうとする。
正しすぎることからは、何も生まれない。
常識を積み重ねても、所詮それは常識以外の何物でもないから。
自分の感性を守れ。
自分の衝動を守れ。
自分の中のバカを守れ。本能が面白いと感じる方へ動くんだ。
まっすぐに、愚直に、大きくいこう。】

今年の「成人の日」に全国紙に掲載された「レッドブル」の広告。

このキャッチコピーに様々な賛同や批判が寄せられていますが、「レッドブル」にとっては、反響が大きければ広告としては大成功と思っているでしょう。

ところで、まず「正しさ」とは何か?
もし一方的な正義であれは、それはただの独善や独裁にすぎない。
コロナ禍の中で「自粛警察」を名乗ったり、「他県ナンバー狩り」を「正しい」と信じている輩(やから)だって「正しい」と信じている。

「君の美しいカド」とは何か?
その「カド」が、若さゆえのツッパリや肩肘張った悪ガキ風の生き方であり、それが美しいというのであれば、その見識は一般的に受け入れがたい。

「常識」とは何か?
それが一般道徳や社会規範のことであるとしたら、常識にとらわれないことは必要かもしれないが、大衆社会のなかで一般道徳や社会規範を逸脱したら、居場所がなくなることも「常識」に含まれる。
大衆は、一般道徳や社会規範という見えない檻の中で、それが「自由」で「常識」であると信じて生きている大衆が、大衆に向かって「その常識から脱走せよ」とそそのかしているのであれば、それは妄言・虚言である。
大衆自身が一般道徳や社会規範という見えない檻から脱走すれば、間違いなく世捨て人かホームレスになる。

「正論」とは何を基準にしているのか?
まず「正論」そのものを定義すべきである。なにをもって「正論」とするのか。
大衆の過半数が抱く意見を「正論」と見なすのか、大衆より高所大所から見た妥当性や合理性がある「判断」を正論とみなすのか。
デマやフェイクニュースを正論として拡散させようとする時代に、どの座標軸を「正論」とみなすのか。
大衆の過半数が抱く意見を「正論」と見なし、これを破壊しようとするのであれば、それはもはや民主主義ではなく「アナーキー」(無政府主義)な人物となる。カフェインたっぷりのドリンクをがぶ飲みしてアナーキストを目指せと扇動するのだろうか。

感性や衝動を守れとは何か?
個人の感性は尊重すべきである、それが他者を傷付けない過激な個性でなければであるが。
「衝動を守れ」とは、衝動的に生きろ・衝動を抑えるなという意味であれば、それは犯罪を助長する扇動である。
たとえば、目の前にミニスカの女性がいる、痴漢したい、それが感性であり衝動である、そして尻に触れば犯罪者となる。
「感性や衝動を守る」ことがもし「自由」のことであるとすれば「自由」とは何か、まずその定義をすべきである。
大衆は、一般道徳や社会規範という見えない檻の中で、それが「自由」であると日々信じて生活している。
その「自由」のなかで「感性や衝動を守れ」ということは、禁止やタブーだらけの見えない檻の中で少しばかりの「感性や衝動」を発揮して満足していろという状況に帰結する。

「バカを守れ」との呼びかけも、はたして未熟な若者が己の中のバカに気付けるのだろうか?
自分の愚かさに気付くのに、人間はどれほどの時間と人生を無駄にしてきたことか。
この「バカ」は、単に「ばかげた行為」「ふざけた行為」等であるとすれば、その「バカ」を守ることにどれだけの意義があるのだろうか。

無知・アホ・愚かを「バカ」と呼ぶことと、「愚直」であることとは相容れないことである。
地道に「愚直」に毎日同じ作業を続けている職人を「バカ」とは呼ばないであろう。
しかもその毎日同じ作業を続けている愚直な職人は、断じて「大きく行こう」などとは考えない。
それが「愚直さ」の本質であるからだ。

「本能が面白いと感じる方へ動け」とは、性欲・食欲・金銭欲・睡眠欲・名誉欲等の面白いと感じた本能のままに動けという意味であると思う。
人間が心底抱いてる本能は「怠けたい・楽をしたい・贅沢をしたい・浪費したい・おいしいものを食べたい」という快楽脳の欲求である。
新成人に対して「本能が面白いと感じる方へ動け」と扇動することは成人式の後、路上で一升瓶の一気飲みや回し飲みをする若者を賞賛するに等しい。
大衆は「怠けたい・楽をしたい・贅沢をしたい・浪費したい・おいしいものを食べたい」という快楽脳の欲求を抑えて隠して勤勉であることを美徳として働くことで贅沢や消費や美食を手に入れている。
それを否定して新成人にただ「面白いと感じる方へ動け」とは、「自滅」することを進めているに等しい。

結局、この「くたばれ、正論」という広告は一見過激に見えるが中身がなく、むしろこの広告は単なる扇動・アジテーション・空虚なメッセージ・負け犬の遠吠えであって、さらに申せば、これは誇張された「大言壮語(たいげんそうご)」であり、あり得ない「大風呂敷」、ある種の「誇大広告(イメージ宣伝)なんです。

そのイメージ宣伝に、これほどの情熱を注いで批判する私のほうが「馬鹿」なのかもしれません。


環境省は災害が発生したとき、ペットも同行避難することを提唱しており、各行政機関に対しても避難所にペットを収容することを求めています。
ペット愛好家の皆さんは「ペットは家族同然だから一緒に避難することは当然だ」と考えている人が多いのですが、犬や猫だけでなく爬虫類・猿・豚・羊・鳥類をペットとして飼っている人もいるし、一つの家庭で猫を何匹も飼う「多頭飼育」の問題もありますので、すべてのペットを避難所に収容することは事実上無理と言わざるを得ません。

もちろん「犬猫アレルギー」の人や、ペットとの同居を好まない人もいるし、衛生上、避難所の中にペットを持ち込むことはできません。
現在、国内で飼育されているペットの数は1858万匹と推定されており、15歳未満の子どもの数よりも、ペットの数の方がはるかに多いのが実情です。
さらに避難所ではペットをケージに入れて保護するのですが、すべてのペットをケージに入れるためのケージがない、さらにそのケージを入れる建物がない、さらにその非常事態の中で、ペットのエサや水やり・汚物の処理等の世話を誰が行うのかという問題があります。
普段、家の中で暮らしているペットを屋外の狭いゲージの中に入れた場合、果たしてペットは耐えられるのでしょうか?
避難してきた人間の食料や水でさえ配給さえ配給制となるような状況で、本当にペットを保護することが可能なのかという疑問が残ります。
さらに人命救助や避難所の運営は税金でまかなわれます。
その税金をペットの保護に使うことに法的な根拠があるのか、という問題もあります。

ここまで厳しく指摘すると、「あなたは動物愛護の精神が判っていない」とか「ペット嫌いなのか」と言われるのですが、30歳過ぎるまでは中型犬や大型犬、伝書鳩やウサギを飼った経験があり、愛犬家を自称した時期もありました。
その上で、私はペットを同行して避難所に行くことが、現実問題として無理がある、税金を使った人命とペットの保護は同一視すべきではない、ペットと一緒に避難する人は避難所ではなく、別の避難先を自分で探すべきだと訴えています。
そのためには家族のための食料と水、ペットのエサと水も飼い主が持参する必要があります。
大都会では人口が多いので、避難所には収容しきれない事態となり、ホテル等に避難することがすでに現実に起きて、さらに感染症が広がる中で避難所の収容人数は従来の半分以下です。
そのことを考えれば、環境省が「ペットも同行避難する」ことを提唱していることが、いかに現実ばなれした要求なのか判るはずです。
防災減災は理想論ではなく、実は生き残りを掛けたサバイバルなんです。
最悪の状況下で、いかに生き延びるか、どのように自分と身の回りの人を守るかが重要であって、ペットの保護は最悪の事態をくぐり抜けたあとに対処すべき問題なのです。

(このブログは大勢の読者に読んで欲しいのではなく、愚かな「炎上」を避けるために、あえて場違いなアダルトというカテゴリーの中で、選ばれた特定の読者に異質なメッツセージを伝えることを目的としています)

鬼滅の刃
アニメの影響で「刀剣女子」と呼ばれる日本刀ブームが続いており、特に「鬼滅の刃」のヒットでさらに刀剣ブームが加熱しています。
私が危惧するのは、ホンモノの日本刀(真剣)を購入したアニメファンが、真剣を衝動的に振り回して他人を傷付けたり、殺人事件を起こす事件の発生です。

武器を持てば、いつかその武器を使って見たくなるのです。

アニメというバーチャルな世界が「秋葉原通り魔事件」や「京都アニメ」の放火殺人事件のように、突然リアルな世界のテロリズムとして現前することが想定されるからです。

巨乳
「コロナ感染症」による 2回目の「緊急事態宣言」の中で「アダルト」や「風俗業」がどのような状況になのか?

昨年の「緊急事態宣言」の際に、私は外出自粛により出生率が上がるのではないかと予想しました。
すると10代の「望まない妊娠」が急増したという報道がありました。

 2回目の「緊急事態宣言」では、「アダルト」や「風俗業」では何が起きるのでしょうか?
まず、アダルト業界ではいわゆる「性玩具」(大人のおもちゃ)の売れ行きがいいそうで、自宅で見るAV(アダルトビデオ)や個室ビデオ鑑賞・ネットを利用した有料動画配信も好調だそうです。

一方、性風俗では、派遣型風俗(デリヘル)も店舗型風俗も客が急激に減少し、風俗嬢の収入も激減しているそうで、「パパ活」と呼ばれる援助交際型の売春も苦境にあるそうです。
これはデリヘルや風俗店を利用する世代がリモート勤務や休業要請等で収入が減っているためで、「パパ活」の苦境もパパ役となる男性たちの夜間の外出規制や収入の減少が背景にありそうです。

こうした状況で暗躍するのは、景気が良くても悪くても、無知な若い女性を「高収入」を条件に「女性を食い物にする業界」に誘い込む輩(やから)です。
性風俗業界にも「持続化給付金」や「休業補償」「雇用調整金」を支給すべきだという主張がありますが、実体を良く調査しなければ「泥棒に追い銭」「猫に鰹節」状態になりかねないと危惧しています。




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