脳内写生3

脳内写生は選ばれた少数の例外者のための案内表示であり、「飾り窓の天使」と連携したブログです。

2021年02月

ねんきんプラス
JOC森会長発言の女性蔑視発言も「お粗末」でしたが、日本年金機構のTVCMもそれ以上に「お粗末」で軽率なんです。
年金にプラスして受け取り額を割増しすると言うCMらしいのですが、そのCMに十字の記号がたくさん登場します。

十字の記号は「プラス」と読むだけでなく「十字架」を意味する記号でもあります。
代表的なのが「赤十字」であり、「赤十字」のマークを使う際は厳密な規定があります。
(「赤十字」のHP参照)
それなのに「赤十字」以外の病院にも、「赤十字」のマークが表示され、一部の薬局も、「赤十字」のマークを使用しています。
そればかりか「十字」の色がオレンジやピンク・黄色の「疑似赤十字」を掲げた医療機関や薬局も多数存在します。
さらに工事現場に行けば安全作業のための「緑の十字」がいたるところにあります。

なぜそれが問題なのか?
「赤十字」は文字通り「レッドクロス」であり、その「クロス」は十字軍を引き合いに出すまでもなく、キリスト教に結び付いた宗教的シンボルであることは議論を待ちません。

「赤十字」が「赤十字」のマークを表示することは問題ないのですが、「赤十字」以外の病院や薬局までもが「赤十字」のマークや色違いの「赤十字」のマークを使用することは、外国から来日した異教徒の皆さんには抵抗がある現象であると思います。
しかも、多くの病院の診療時間や薬局の営業時間の表示に「祝祭日休診」という文字列を使用しています。
わが国には「祭日」がありません。
それなのに「祝祭日休診」と表示すると、特定の宗教の祭祀(さいし)の日は休診することになり、この表示と「疑似赤十字」のマークが重なると、外国から来日した異教徒の皆さんには、あたかもキリスト教の祭日には休むというニュアンスになります。

つまりわが国は「十字架」と「疑似赤十字」のマークが氾らんする国なのであり、さらに「祝祭日」という憲法に反した表現を不用意に使っている国であることを、東京オリ・パラを開催する今年こそ深く認識すべきであると憂慮しています。

それなのに、それなのに、日本年金機構のTVCMは何の疑いもなく、脳天気に「疑似赤十字」のマークを多用している・・・。
こうしたTVCMに私たちが収めた年金を使っていることを、私は指摘し続けたいと思っています。

訂正:「JOC森会長」は誤りで「大会組織委員会会長」でした。
同氏は2/12辞任。

NHKテレビ体操
NHK テレビ体操が「エロい」と言うと「アンタ、何を言っているの」とお叱りを受けることを承知の上で、あえて「NHK テレビ体操は非常にエロい」と断言します。

エロティシズムは禁忌(きんき)から生まれる、より平易に言えば「禁じられたことは禁じられることで妖しい・怪しい魅力が生まれる」「タブーがあるからこそ官能が生まれる」のです。
宗教や道徳・社会通念・法律等がこぞって性欲を否定し、性欲を抑圧すればするほど、見えないところでその禁じられて抑圧された性欲を満たそうとして「商品化された性欲」をお金で売買できる仕組みが生まれます。

たとえば性風俗・ソープランド・ラブホテル・キャバクラ・ホストクラブ・性玩具・アダルトビデオ・アダルト動画サイト・出逢い系アプリなど・・・これらはすべて抑圧されている劣情をかき立てるように企画され、それらを売ることで金儲けしようとするビジネスが背後に介在するのであり、大衆はこれらの「商品化された性欲」をお金を払って購入することで性欲が満たされたと錯覚します。

NHKのテレビ体操は若くて健康ではつらつとした若い女性が音楽に合わせて無邪気にカラダを動かしており、そこには性欲など「微塵」も感じさせないし、エロティシズムなんてまったく感じられない番組と思われています。

しかし、エロティシズムは禁忌(きんき)から生まれる、「禁じられたことは禁じられることで妖しい・怪しい魅力が生まれる」のであり、性欲やエロティシズムは抑圧したり排除すればするほど密かな怪しい魅力が生まれるのです。
誰も口にしようとしない、誰もが認めようとしない、NHKのテレビ体操を見ている視聴者本人すら気付かない心の内奥で、実はかすかで密かな怪しいエロティシズムが目覚めるのです。

絶対にそんなんことはない、間違っていると断言するあなたへ。
NHKのテレビ体操の女性たちのコスチュームを良く見て下さい。
若い女性・無防備な肢体・ピッチリのTシャツとふとももに密着したスパッツ・そしてストッキングと白い靴下。
これだけで性的フェティシズムの世界での必須のアイテムは出そろっているんです。
NHKのテレビ体操のコスチュームを、まったく色気がないジャージの上下に替えて見れば分かります。
NHK のテレビ体操がいかにエロか、いかに密かなエロティシズムを醸(かも)し出しているかを。

このブログはアダルトのカテゴリーで、あえて場違いな発言をすることで読者を絞り、選ばれた少数の読者に異質なメッセージを届けることを「誇り」にしています。
そのスタンスゆえに、「女性がたくさん入っていると会議は時間がかかる」と放言したJOC森会長の女性蔑視発言を取り上げます。

すべての国内メディアは、森会長の発言を「女性蔑視」と批判しています。
また海外のメディアも「性差別」と猛批判しています。
83歳の国会議員経験者である森氏をJOC会長に据えた時点から、高齢ゆえの認識のズレから起きる「舌禍」と、国会議員の誰もが仕出かす「口はわざわい」「失言の数々」が起きることは容易に想定できたことでした。
森氏をJOC会長に据えて、誰もが高齢ゆえに「大丈夫かな」と危惧していたことがまさに的中した訳です。

私は、JOC森会長の発言を単に「女性蔑視」「性差別」とは見なさず、IOCバッハ会長が東京オリンピック・パラリンピックのテーマとして男女共同参画の実現とLGBTに対する差別の解消を繰り返し強調していたことを思うと、森会長の発言はIOCにとって、ほとんど「戦犯」であると思っています。

もはやネット時代は、発言を撤回すれば済むという状況ではなく、特にJOC森会長の立場上の発言は「女性蔑視」「性差別」「舌禍」「失言」という軽いレベルではなく、14年前に施行された「男女共同参画社会基本法」違反という重大な犯罪と見なすべきなんです。
その違反を「発言の撤回」で済ませるわが国の風土そのものが世界から見て「異常」なのです。

訂正:「JOC森喜朗会長」は誤りで、「大会組織委員会会長」でした。
同氏は2/12辞任。

沙彩@21
三鷹の女子高生刺殺事件の被害者で、ネットでは「くぱあや」と呼ばれた沙彩さん。
彼女こそリベンジポルノの被害者であり、その死後も繰り返し「魚拓」と呼ばれる流出画像がネットにアップされています。
しかし彼女は当時、誕生日の直前とはいえ、まだ17歳でしたので彼女のセクシーな画像は「児童ポルノ」に該当します。
その一方で、安易な自撮りエロ画像を送信したことで恐喝されたり、ネット上に晒されたりする女子中高生が増えています。
このため、私はなぜ女子中高生が自撮りエロ画像を撮りたくなるのか、その心理をアカデミックに検証する必要があると考えています。

成長期の女子中高生が、次第にオトナの女性のカラダになっていく自分の姿を密かに撮影したいと想う心理と、まだ明確に認識されない少女期特有の淡い性欲の芽生えが重なり、沙彩さんのように自撮りエロ画像を撮りたくなるのかもしれません。

私がもう一つ注目しているのは、沙彩さんが自撮りエロ画像を撮るために用いた小道具と工夫されたポーズです。
彼女は非常に巧みにカガミを利用して自撮りしていますが、同時にどのようにして自撮りしたのか判らない自撮りエロ画像も多数存在します。

たとえば上記の画像ですが、このポーズでスマホのシャッターボタンを押すのはかなり難しいと思います。
このポーズは交際相手のリクエストだったのか、あるいは芸能活動をしていた彼女がポーズの研究のために工夫したものなのか判然としませんが、そうまでして、自分の大人びてきた乳房を撮影したかった彼女のいじらしさに心が痛みます。

彼女の画像は興味本位に見られることが多いと思いますが、リベンジポルノに関する社会現象や、少女期の心理の研究にとっては貴重な資料であると思っています。
沙彩さんの死を無駄にしないために。

世界中で新型コロナ感染症の猛威が広がっています。

また様々な宗教やその信徒が新型コロナ感染症の平癒を願っています。
それなのに新型コロナ感染症は一向に沈静化しません。

キリスト教的に言えば新型コロナ感染症の拡大は、まさに「最後の審判」なのかもしれません。
仏教的に言えば新型コロナ感染症の拡大は、「あるがままに受け入れる」「あらゆる物事には実体がない・空である」と受け止めているのかもしれません。

しかし、緊急事態宣言や都市の封鎖という人為的な施策により、たしかに感染者数が減少します。
そう考えると神の「最後の審判」も、「あるがままに受け入れる」「あらゆる物事には実体がない・空である」と考える信教も、あえて言えば効果がない、人々の祈りには限界がある、祈りは無力であると言わざるを得ません。
ニーチェ流に言えば「神は死んでいる」ことになります。

大自然や宇宙こそ偉大な神である、あらゆるものに神が存在すると信ずる人々にとって、どこにでも存在するウイルスやバクテリア・酵母等の菌類には神がいないことになるのでしょうか。

仮にどこにでも存在するウイルスやバクテリア・酵母等の菌類にも神が存在するとすれば、「殺菌」という行為は「神殺し」となります。

新型コロナ感染症は、宗教と祈りの限界を露呈させたと思うのは、間違いなのでしょうか。



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