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イスラエルで「官能ワークショップ」が人気なのだそうです。
「どうしたら性的に満たされるのか」「セックスにずっと不満を抱いてきた」と密かに悩む男女が多いと思います。

このワークショップでは、相手を変えながら愛撫の実践をしたり、見ず知らずの相手に互いの妄想をささやくように指示されるのだとか。
そして、その演習の後半では全員が自分のパンツの中に手を入れた状態で相手の目を見つめるよう指示される・・・

はたして、こうした「官能ワークショップ」の手法で本当に性的に満たされるのでしょうか?

上野千鶴子さんは「あらゆる性欲は金儲けのために商品化されたものであってオリジナルな性欲は退化している」(要旨)と鋭く指摘しています。
端的に言えば「あなたの性欲はあなたの固有の性欲ではない、それはどこかの誰かがあなたを発情させるべく企んだ他人の性欲であって、あなたはその性欲をお金を払って買っているにすぎない」のです。
これでは性的に満たされるはずもなく、セックスに対する不満が解消されるはずがありません。
この現実に気付かないのが「大衆・衆愚」であって、その「大衆・衆愚」が、互いの目を見つめながら自己のパンツの中に手を入れても、真の官能的快楽の領域に到達するはずがありません。
ついでに言うと「大衆・衆愚」の社会には本当の「自由」がありません。
「大衆・衆愚」の社会には、法律や様々な規則・社会的規範(道徳・常識等)・しがらみ・宗教的戒律などがあって「見えざる檻」の中で各自が漠然と「自由」であるとを信じているに過ぎません。

私は「性愛懐疑派」の例外者です。
「性愛懐疑派」とは商品化されていないオリジナルな性欲を深く追求する生き方であり、例外者とは「大衆・衆愚」社会から「なにものにもとらわれない至高性」の領域に亡命した者のことです。
判らない人は判らなくていい、判らない人は理解しようとせずに「大衆・衆愚」の世界に留まるべきなんです。